何者

画像はこの家に移り住んでからずっとベランダで育てているとうもろこし

今年で24年目



さて、気づけば7月も終わっていた

中前適時打が初めてライブを行なってから

7年の時が経った

更に言えば、出会ってもう10年か?

早いもんだというか

歳を取ったなと思う


だからといってではないが

久しぶりにギターを弾いてみた


以外なほど指も歌詞も覚えていた



それをきっかけにブログを書こうと思った



それまでにもブログを書こうと思ったことは何度かあった


しかし、やはり

今の私は何者なのだ

という気持ちにどうしても囚われ

なにを書いても後ろ向きなことしか書けないということでどうしても行動には移せなかった


わたしと今でも交流を持っている人で

既に音楽活動を休止している人は何人もいる


しかし、わたしにとってはその人達は

紛れもなくミュージシャンだと言える


何故ならわたしは、ミュージシャンとしての彼らとしか、直接対峙していないからだ


しかし、わたし自身のミュージシャンだった日々には毎日、ただただ【パン屋パートのおばさん】でしかない自分が積み重なっていく


こんな毎日を送っている自分が

ミュージシャンおぐまゆきとしての

ホームページに何を書き、発せられるというのか


まあ、元々堂々とミュージシャンとも名乗るのにもおこがましい存在ではあったのだが

それにしても、今の毎日は

わたしの人生において、この上なく音楽とかけ離れてしまっている



電磁波過敏症は大分回復しているのだが

じゃあ、元の生活にどれだけ戻せるのかというと

不安でしかない


しかし、今の現状は

あまりにも退屈だ



今の職場は10年以上いる割に

一人部屋での一人作業かつ、無愛想で興味のないものに全く興味が示せなく、女性ならではの趣味と全くかけ離れているので

きっと、誰よりも浮いた存在となっていると思う


そんな、毎日の鬱屈を晴らしているのが

相方との時間であるのだが…


やはり

こんなはずじゃ…

と思う気持ちが強い


そもそもわたしは音楽として何者になりたかったのだろう


自意識が強く、プライドだけがやたら高いわたしは

只々、自分を下に見るものを見返してやりたかっただけなのかもしれない


今でもそう思う


それは音楽ではなくてもいいのではないか



自分にしか出来ないもの

自分と共になくなるもの


ずっとわたしはそれを求めてきた


その終着点が「歌」だったはずなのだが…


わたしはまた、新たなものを求め出しているのかもしれない


自分が何者かになるために