生き延びたわたし

景気の良いお祝いの言葉を貰って

こんなことを書くのもどうかと思ったが

この日を迎えた時の心境をちゃんと書こうと思っていた


よって、長いし人によっては不快かも

読み進めるかは任せる



「40歳で死にたい」


わたしはこの言葉を20代前半ぐらいから

言うようになった


最初の理由は

こんなことを書くと怒られるだろうけど



その当時

わたしはCD屋で働いていたのだが

そこは演歌に力を入れていて

ご高齢のお客さんが多かったのだけど

ものすごい理不尽にキレられたり

急かされたり、言うことを全く聞いてくれないことが多く

それがかなりのストレスになってしまい

年を取ってああいう風になりたくない


というのが最初の意味だったと思う


今はそうでもないのだけど

当時は半ば恐怖症だった



そして25歳になって

一回り以上年上の主人と結婚した


彼を知ってる人はわかると思うが

ものすごい独特な感性の持ち主で

とにかく自分の世界を強く持っており

そこに人を入れることは許されず


かつ、子どもを作ることを完全拒絶された

かなり厳しい言葉も言われた


その結果

一層

40歳までに死にたいというか

死ななければならないという気持ちに支配されるようになった


自分にも自信がもてなくなり

音楽関係の接客の仕事にも一層、恐怖心が現れるようになった






しかし、その時

自ら死を選ぶということがどれだけ周りの人を

特に親を苦しめるかということを目の当たりにした


だから、とりあえずは40歳まで生きていかなくてはいけない


そのためにどうすべきかを考えるようになった


とにかく、自分を必要としてくれる人が欲しい

そして、自分と共にありなくなるものが欲しい


と、とりあえず昔から

料理やお菓子作りが好きだったので

そのままCD屋の流れで音楽関係の会社に勤めながら

貯金で専門学校にいき

仕事を辞めて、飲食店で働くことにした


美味しいものを作れば、人間性関係なく人のためになれるし

自分と共にあってなくなる店が欲しいと思った



しかし、飲食の道はそうそう甘くはなかった


最初に勤めたところは

個人店で家庭の都合で引継いだ店長はものすごくやる気がなく

3年勤めたものの、最後はわたしがぶちギレて辞めて


そこからは転々としたけれど


スピード勝負で体育会系の飲食業界には

とてもじゃないけどついていけなかった



その頃から一度離れると、とても音楽が恋しくなり


とにかく色んな音楽を物色しまくった



そこで、見つけたのが

Numbergirlであり向井秀徳であり


とにかく、ライブに行きまくり

そして、好きになった対バン相手のライブも行きまくった


160GBのiPodを埋めるためかごとく

とにかくCDを買いまくり借りまくり聴きまくった



今、振り替えると

多分、CD聴いてる間も、ライブ観ている間も

ちゃんと本当に音楽を聴いていなかったように思う


ただ、中毒というか達成感というか

次のライブまでには生きていようというそんな感覚だったように思う

そうしている間


SNSで知り合った人が

地方から東京に出て来てライブをするということを日記にあげていたので

観に行くことにした


それが

東高円寺Kaztouである



そこから

わたしも出きるのかなと、思い

30過ぎてギターを買った


その当時はまだ勿論6弦ギターで

YAMAHAの三万ぐらいのやつ



最初は好きな音楽をやろうと

くるりの弾き語りコードブックをかったけど

早々、挫折して

自分で出来るコードだけで曲を作り

バンド経験のある友人のサポートを受けつつ練習していた



そしたら、再び

知り合いがライブしに来るというので

友人と練習後、二人で東高円寺Kaztouに向かった


そのとき、丁度オーナーがいて

ギターを持っている私に出演交渉され

ギターを購入して1ヶ月というのに

ブッキングをしてしまった


とりあえず3ヶ月後ということで

ひたすら練習して


オリジナル5曲を引っ提げライブデビューをした


それが2011年12月5日



最初のうちは友人が沢山観に来てくれたけど

段々と、少なくなっていった


しかし、ライブを始めて3ヶ月ぐらい自分とは全く無縁だった人が

わたしの最初の代表曲「ロックンロールに死す」

を大変、気に入ってくれて観に来てくれるようになった


全く知らなかった人が

自分の音楽を求めて来てくれる


幼少から音楽をやってきて初めてのことだった

それから30を過ぎてギターを始めたわたしでも

自信を持ってステージに立てるように

そして知名度が上がるように

とにかく色んなライブに出まくった


そして1年目と2年目で自主制作のCDを作った


正直、心底納得いくような出来ではなかったけど、

その売上で

ちゃんとプロの手を借りて

自信もって売れるCDを作ろう


そして、全国発売するには

全国で売れなきゃ意味がないし


わたしのような無名なアーティストは

ライブを観てもらわなければ売れない


そういう気持ちで

APIA40で録音した自信を持って売れるCDを携え

活動三年目で全国を渡るようになった






相方に、わたしのCDを売ることへの執念に対し、よく指摘されるのだが


わたしにとってのCDは

残せなかった子どものような存在であった


人の手に渡れば私がいなくなっても

自分の生きた証として引き継がれていくかもしれない


しかし、人の手に渡らなかったものは

自分と共にあって自分と共に無くなるのだ


自分が死んだら、ただのガラクタとなり処分される


引き継ぐものはいないのだから



だから、そうなる前に

多くの人に渡したい


そしたら、わたしの作品はその人の所有財産になって生き残る




そうやって

30代はただひたすら駆け抜けてきた

47都道府県ライブを二年間で達成しても

旅を終える気持ちはなく


頭の中は

次はどこへ行こうか


どこに泊まろうか、どうやっていこうか


そのことで毎日頭がいっぱいだった



しかし、年を重ねるごとに段々と

身体も精神もしんどくなっていった


会う人会う人に

顔が疲れ果てていると言われるようになった


喉も不調になることが多くなり

人の歌にも自分の歌にも感動できなくなっていた


ひたすらCDを聴きまくり、ライブに行きまくっていたあの頃と同じだった



休んだらと言われることもあり

その度に

わたしはこう答えた

「とりあえず40まではやる」


そして、酒が入ると

「わたしは40で死ぬんだから」

と、やはり言葉で出てしまう


40までの呪縛は、音楽活動でも解かれてはちなかった



そして、わたしの体力は

40まで持たず

二年前の今頃

慢性上咽頭炎になり、今までのように

活動することも生活することも出来なくなった





この病気になって

一年目は本当に今すぐ死にたいという気持ちと葛藤していた


そして、二年目の今年

良くはなってきて

気分がいい日が出てきたものの

悪化すると

やはり浮かぶのが

「もうどうせ40まであと少しだから」


そして

体調悪化のうえに

関東の主治医に見離されたときは

「40になるまでになおらなかったら、誰にも何も告げず姿を消そう」

そう決心したのが5月頃だった


しかし、それから

良い医者にも出会え

ライブでの良い時間を経て

悪化と回復を交えながら


あ、という間にその時が来てしまった 


20年も終わりだと言い続けた40歳は

何事もなく平穏に迎えた


まるで

昔流行ったノストラダムスの大予言のように

呆気なかった



しかし、あと少しの40までは生きようと必死に生きてきた30代は音楽活動のおかげで

今までの人生で一番充実できたと自信もって言える 


誰かの一番になれたこと、必要とされたこと、愛してくれる人が出来たことはライブ活動をしてなかったら成し得なかったことだと思う


そして、存在する予定のなかった40から先


どうやって生きようか


意外なほど途方に暮れることもなく


やりたいことはまだまだある



しばらく書いてないけど

また新しい歌詞を作りたいし


漫画も完成させたいし


また、地方にも行きたいし


ちゃんと完治目指して

同じ病気の人たちと約束したことをやり遂げたいし


あと

「人間になりたい」「音楽」「路地裏の僕」「旅人のうた」

自分の歌をちゃんと歌えるようになりたい


我慢している本当に好きな食べ物も思い切り食べられるようになりたいし



あと、願わくば死ぬまでにもう一度

ベイスターズのシーズン優勝が見たいな



とりあえず

40代は今までよりゆっくりまるく活動していけたら良いと思う














10・20(日) 東京都 八王子びー玉「夜長の候」

Op18:30St19:30 ¥1650+1D

 

中塚詩音

ひらげエレキテル

MIZOROCK

中前適時打

 

https://harry-zone-24.wixsite.com/biidama

 

11・17(日)千葉県 市川アルマナックハウス

「鬼平企画Tjger in your Tank」

Op17:30St18:00 ¥2000+1D

 

アンダーソン 

ミカジョー

中前適時打

野良犬太郎

大熊百合

稼働中マキ

マギーパルチザン

ミキサン計画

プレジー3吉with鬼平

(出演順当日決定)

 

https://almanac-terurin23.jimdo.com/

 

2020年

1・30(木)大阪府 野田MagaYura

                       詳細未定

 

左京めぐみ

中前適時打

 

ほか

 

 

https://magayura-noda.amebaownd.com/


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コメント: 2
  • #1

    シノブ (木曜日, 03 10月 2019 20:52)

    このブログを読んで、おめでとう!と、ありがとう!の気持ちで、胸がいっぱいになりました。
    過酷な日々の中、出会えた事、そして再会出来たことが嬉しいです。
    また会いましょう。北海道で待ってます。
    力一杯、歌って楽しんでいきましょう。
    そして、腹一杯ウニ食べましょう。

  • #2

    おぐまゆき (金曜日, 04 10月 2019 14:42)

    シノブさん
    コメントありがとうございます

    そして、シノブさんには遠くからいつも力もらってます

    是非是非、またご一緒させてください!
    あー、ウニたべたーい!!